「アンダークラス」というキーワードで検索すると、必ずと言っていいほど「自己責任」という言葉がセットで出てきます。非正規雇用で低所得なのは、本当に本人の努力不足のせいなのでしょうか。50代の法人営業マンとして20年以上会社員を続けてきた筆者サトシが、社会学者・橋本健二氏の調査データと自分自身の会社員人生を照らし合わせながら、この問いに向き合います。▶ まず自分の「自己責任度」を診断したい方はこちら
「アンダークラス」とは?意味と実態をデータで見る
「アンダークラス」とは、社会学者・橋本健二氏(武蔵大学社会学部教授)が2018年の著書『アンダークラス─新たな下層階級の出現』(ちくま新書)で提示した概念です。パート主婦や専門職・管理職を除いた非正規労働者、日本には約930万人が該当するとされ、その平均年収はわずか186万円。女性に限ると貧困率は5割に達するというデータが示されています。いじめや不登校といった厳しい子ども時代を経験した人が多く、健康状態がよくないと感じている人は4人に1人という調査結果も紹介されています。
つまり「アンダークラス」は、単なる「収入が低い人」を指す言葉ではなく、雇用形態・年収・生育環境・健康状態が複合的に重なった、従来の「格差」よりも一段深い「階級」として捉え直そうとする視点なのです。
国の統計でも、この問題の広がりは裏付けられています。厚生労働省の国民生活基礎調査によると、2021年の相対的貧困率は15.4%、貧困線(等価可処分所得の中央値の半分)は127万円です。子どもの貧困率も11.5%と、決して一部の特殊な事情ではなく、社会全体に広がっている構造的な問題であることがわかります。
橋本氏は日本の階級構造を、資本家階級・新中間階級(専門職・管理職)・労働者階級・旧中間階級(自営業者)・アンダークラスという5つに分類しています。従来の「労働者階級」と何が違うのかというと、アンダークラスは正社員としての雇用の安定や労働組合による保護をほとんど受けられない、非正規という立場に固定されやすい層だという点です。景気が良くなっても賃金が上がりにくく、景気が悪化すると真っ先に雇用調整の対象になりやすい、構造的に不安定な位置にあります。
海外の「アンダークラス」論との違い
「アンダークラス(underclass)」という言葉自体は、もともと1980年代のアメリカで、社会学者ウィリアム・ジュリアス・ウィルソンらが都市部の貧困層を分析する中で広く使われるようになった概念です。アメリカの文脈では人種問題や都市の産業空洞化と強く結びついて語られてきました。
一方、橋本氏が日本に当てはめたアンダークラス論は、人種問題ではなく、非正規雇用という「雇用形態」を軸にしている点が特徴です。終身雇用や年功序列という日本型雇用システムが崩れる過程で、正社員という「内側」に入れなかった人たちが、そのまま固定化されていく構造を描き出しています。海外の議論と比較することで、日本の格差問題が「雇用の入り口で一度分かれると、その後の流動性が低い」という独自の性質を持っていることが見えてきます。
🏛 公式情報 厚生労働省
相対的貧困率や貧困線の推移は、厚生労働省の国民生活基礎調査で毎年更新されています。自分の感覚とデータのズレを確認したい方はぜひ一度目を通してみてください。
📄 国民生活基礎調査(厚生労働省)↗🏛 公式情報 筑摩書房
「アンダークラス」という言葉の生みの親、橋本健二氏の原著の書誌情報です。データの一次ソースを確認したい方はこちらもどうぞ。
📄 『アンダークラス─新たな下層階級の出現』書誌情報(筑摩書房)↗具体例:こんな人が「アンダークラス」に分類される
橋本氏の定義では、正社員・専門職・管理職・パート主婦を除いた非正規雇用者がアンダークラスの中心層とされます。具体的には、以下のような人たちが該当します。
・契約社員として10年以上働いているが、正社員登用の道が事実上閉ざされている40代男性
・シングルマザーとしてパート・アルバイトを掛け持ちしながら子育てをしている女性
・定年後に再雇用されたものの、時給換算で現役時代の半分以下になった60代
・非正規のまま高齢期に入り、年金だけでは生活が成り立たない単身高齢者
共通しているのは、「本人の努力」だけでは説明しきれない構造的な事情を抱えているケースが多いという点です。契約更新の裁量は会社側にあり、シングルマザーの就労時間は保育環境に左右され、再雇用の待遇は制度で決まっています。まずは自分自身の収入や手取りの水準を客観的に確認してみることも、この問題を自分ごととして捉える第一歩になります。
興味深いのは、統計上はアンダークラスの条件に当てはまっていても、本人が「自分は普通の会社員だ」「自分は特に困窮していない」と自己認識しているケースが少なくないという点です。同じ職場で働く正社員と日常的に比較しているため、自分の待遇が制度的にどれだけ低い位置にあるかを客観視しにくいのです。この「自己認識と実態のズレ」こそが、自己責任論が広がりやすい土壌になっていると言えます。
【無料】自己責任思考チェック(8問診断)
日本の職場では「気合いが足りない」「工夫が足りない」といった根性論・精神論で片付けられがちな場面が多くあります。こうした職場文化の中で育つと、格差や貧困についても無意識のうちに「努力不足」という物差しだけで測ってしまいやすくなります。まずは自分自身が、格差の原因を「個人の努力」と「社会構造」のどちらに置いているか、8つの質問でチェックしてみましょう。はい・いいえで直感的に答えてください。
Q1. 貧しい人は努力が足りないからだと思う
Q2. 非正規雇用で年収200万円以下なのは、本人が選んだ結果だと思う
Q3. 頑張れば誰でも今の生活水準から抜け出せると思う
Q4. 生活保護を受けている人には、どこか甘えがあると感じる
Q5. 学歴や職業の差は、主に本人の努力量の差だと思う
Q6. 景気や会社の制度より、個人の頑張り方で収入は大きく変わると思う
Q7. 「アンダークラス」という言葉は、努力しない人の言い訳のように感じる
Q8. もし自分の収入が今より大きく下がったら、それは自分の責任だと考えると思う
なぜ「自己責任論」が格差を見えなくしてしまうのか
「自己責任論」は、一見すると前向きで公平な考え方に見えます。しかし心理学でいう「公正世界仮説」(世界は基本的に公正で、努力した人が報われ、そうでない人には相応の理由がある、と思い込みやすい心の傾向)が働くと、非正規雇用の待遇格差や賃金構造そのものを見えなくしてしまう危険があります。
実際、日本型雇用では正社員と非正規社員の間に、契約更新の裁量・昇給の仕組み・退職金の有無など、個人の努力だけでは埋められない制度的な差が存在します。橋本氏の調査でも、アンダークラス層の多くはいじめや不登校など、本人が選んだわけではない生育環境の影響を受けていることが示されています。
比較対象が「身近な同僚」に限られやすいことも一因です。同じ職場で頑張っている同僚を見て「自分ももっと頑張らなければ」と感じる一方で、そもそも非正規雇用と正社員という違う土俵で戦っていること自体には気づきにくいのです。
さらに見落とされがちなのが、「自己責任論」が会社側にとって都合の良い言説として機能してしまう場合があるという点です。待遇差を「本人の選択の結果」と説明できれば、雇用形態による格差そのものを見直す必要がなくなります。個人としての自己責任と、制度としての説明責任は本来別の話ですが、この2つが混同されると、構造の見直しが後回しにされやすくなります。もちろん、努力そのものを否定する必要はありません。大切なのは、「自分の努力でコントロールできる部分」と「制度や運によって左右される部分」を分けて考える視点を持つことです。
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会社の制度に依存しすぎない働き方として、40代からのリスキリング・副業も一つの選択肢です。個人の努力を「正しい方向」に向けるヒントになります。
📘 40代からのリスキリング副業、始め方ガイド50代営業マンが見た”見えない壁”─個人の頑張りだけでは超えられない現実
営業という仕事を20年以上続けてきて感じるのは、「頑張り」だけでは埋まらない壁が確かに存在するということです。年功序列の給与テーブル、昇進枠の少なさ、非正規社員との待遇差──これらは個人の努力量ではなく、会社という制度側が決めているルールです。
同じノルマをこなしていても、正社員と契約社員では評価のされ方も昇給の伸びしろもまったく違います。「自分はまだ恵まれている方だ」と思う一方で、その”恵まれ方”自体が本人の努力とは別の要因、つまり入社した時期や雇用形態によって決まっていたことに、40代後半になってようやく気づきました。
だからといって「努力は無意味」というわけではありません。個人の努力は今の環境の中でできる最善を尽くすためのものであり、環境そのものを変える力にはなりにくい、という現実を分けて考えることが大切だと感じています。
実際、賃金構造を見ても、正社員と非正規雇用の間には大きな差があります。厚生労働省の賃金構造基本統計調査などでも、正社員・正職員以外の労働者の賃金水準は正社員より低い水準にとどまる傾向が続いており、勤続年数を重ねても差が縮まりにくい構造があります。営業成績という「頑張りが見えやすい」職種であっても、雇用形態という土台の違いが最終的な待遇差として残り続けるのを、同僚たちを見ながら何度も感じてきました。
サトシの体験談:アンダークラスを”他人事”だと思っていた頃
👨💼 筆者サトシの実体験(50代・法人営業)
この記事は、格差や自己責任論について実際に考え方が変わった筆者の経験をもとに書いています。
Before:30代の頃の自分は、正直「非正規で苦しい人は、正社員を目指す努力が足りないのでは」と思っていました。自分自身が新卒で正社員として就職できたこともあり、その前提を疑ったことがなかったのです。景気が良い時期に就職できたこと自体が一種の「運」だったとは、当時まったく考えていませんでした。同世代でも、卒業時期がわずか数年ずれるだけで正社員になれるかどうかが大きく変わった、いわゆる就職氷河期世代の話を聞くようになったのは、もっと後になってからです。
①契約社員の後輩と話して気づいたこと
40代のとき、同じ営業所で働く契約社員の後輩(当時30代)と飲みに行く機会がありました。彼は正社員登用試験を3回受けて3回とも落ちており、理由も明確には示されなかったそうです。能力や実績で見劣りしていたわけではなく、単に「その年の登用枠が少なかった」だけだったと後で知りました。
②リスキリングで気づいた「運」の要素
自分がAIやブログ運営を独学で始められたのも、実家からの支援がなく奨学金を完済していたこと、比較的自由になる時間が取れる部署に配属されていたことなど、努力以前の条件に恵まれていた部分が大きいと気づきました。
③家族の教育費リスクと向き合ったこと
子どもの教育費を考える中で、収入が同じでも家庭環境や制度(奨学金・こどもNISAなど)へのアクセス格差によって、将来の選択肢が大きく変わることを実感しました。「自分の頑張り」だけで子どもの未来まで完全にコントロールできるわけではないと痛感した出来事です。
💡 体験してわかったこと
「自己責任」と「構造の問題」は、どちらか一方ではなく両方が同時に存在しています。自分にできる努力は続けつつ、変えられない構造を個人の責任にしすぎないバランス感覚が、50代からの生き方を楽にしてくれると感じています。
よくある質問
Q1. アンダークラスとは何ですか?わかりやすく教えてください。
社会学者・橋本健二氏が提唱した概念で、パート主婦や専門職・管理職を除いた非正規労働者、日本で約930万人が該当するとされる層を指します。平均年収は186万円程度と低く、女性では貧困率が5割に達するというデータもあります。従来の「資本家階級」「新中間階級」「労働者階級」「旧中間階級」という4つの階級区分に、新たに加わった5つ目の階級として位置づけられている点がポイントです。
Q2. アンダークラスと自己責任論はどう関係していますか?
アンダークラスの存在を「本人の努力不足」で説明しようとする考え方が自己責任論です。しかし雇用形態や生育環境など、個人の努力だけでは変えにくい構造的な要因が大きく関わっているため、自己責任論だけでは実態を正しく説明できません。
Q3. 自己責任思考チェックの結果はどう解釈すればいいですか?
スコアが高いほど「格差の原因を個人の努力に求めやすい」傾向、低いほど「社会構造の影響を意識しやすい」傾向を示す簡易的な目安です。良い・悪いを判定するものではなく、自分の思考のクセに気づくためのきっかけとしてご利用ください。
Q4. 自分がアンダークラスに近いかどうかはどう判断できますか?
雇用形態(非正規かどうか)、年収水準、独身か家族を扶養しているかなどが目安になります。まずは自分の手取り額を正確に把握し、厚生労働省の貧困線などの公的データと比較してみることをおすすめします。
Q5. 格差社会の中で、個人でできることはありますか?
会社の制度だけに依存しない収入源を持つこと(リスキリング・副業)、年金など公的制度の受給見込みを早めに把握しておくことなどが挙げられます。加えて、NISAやiDeCoといった非課税制度を活用して資産形成の土台を作っておくことも、雇用の不安定さをある程度カバーする手段になります。個人の努力で構造そのものを変えることは難しくても、構造を理解した上での選択肢は着実に広げられます。
Q6. 「アンダークラス」という言葉は差別的ではないですか?
橋本氏はこの言葉を、特定の人を蔑む意図ではなく、統計データに基づいて日本の階層構造を分析するための学術的な分類として用いています。本記事も同様に、特定の個人や属性を否定する意図はなく、格差の構造を理解するための切り口として紹介しています。
【免責事項】本記事は情報提供を目的としており、特定の個人・属性を評価または断定するものではありません。診断結果は学術的な調査ツールではなく簡易的なセルフチェックです。統計データは記事執筆時点のものであり、最新の情報は厚生労働省など各公式サイトをご確認ください。
まとめ
「アンダークラス」を語るとき、「自己責任」という言葉だけで片付けてしまうと、非正規雇用の待遇格差や生育環境の差といった、個人の努力だけでは変えにくい構造が見えなくなってしまいます。橋本健二氏のデータが示す通り、これは一部の特殊な人の問題ではなく、日本社会全体に広がる構造的な現実です。
大切なのは、「努力すること」と「構造を理解すること」を対立させず、両方を同時に持っておくことです。自分にできる努力は続けながら、変えられない制度は制度として理解し、リスキリングや資産形成、公的制度の活用など、自分の手で広げられる選択肢を少しずつ増やしていく。それが50代からでも遅くない、格差社会との付き合い方だと感じています。
この記事で紹介した自己責任思考チェックは、誰かを裁くためのものではなく、自分自身の思考のクセを客観視するためのきっかけに過ぎません。結果がどのタイプであっても、そこから「自分にできること」と「社会に求めていくこと」を分けて考え直してみることに意味があります。50代からの人生設計は、会社の制度だけに頼らず、自分の頭で「何が努力で変えられて、何が変えられないのか」を見極めるところから始まると感じています。
老後の資金計画についても、感覚だけに頼らず一度シミュレーションしておくと安心です。


